合気の技の動きはかなり特殊なもので、解剖学やスポーツのための身体技法の研究が進んでいない時代に、神秘的なものと位置づけられてしまったのも致し方がなかった事といえるでしょう。
問題はその技法を、あいも変わらず「秘伝」などという神秘のベールで覆い続けていることです。
○の會の手技療法で使う「手」が、合気の呼吸力の「手」と同じだと気づいた時から、私は神秘のベールの引き剥がしにかかりました。
とはいえ、本業の手技は34年の年輪をどうにか重ね、曲がりなりにも講師として教室を開いておりますが、合氣道の方はたかだかやっと10年、まだまだイメージと現実がなかなか一致しません。
あえて浅学をかえりみず言わせてもらいますが、手技と合氣道の呼吸力との一番の一致点は「相手をどうにかしようとしない」ということです。
合氣道で言えば、「相手を倒そう」とか「投げてやろう」とか「動かそう」とかいう思惑があると、相手は絶対に動いてくれません。
手技で言えば、「相手の体を治そう」とか「気持よくしてあげよう」とか「喜んでもらいたい」とかいう思惑があると、効果は半減します。
「無我」などというと使い古された陳腐な表現ですが、実は事にあたって、最も大切な心の位置づけが「我をなくすこと」すなわち「力を抜く事」なのだと感じている今日この頃なのです。
インナーマッスルとかブロードマッスルとかいう言葉をチョクチョク目にしたり耳にするようになりました。
普段意識していない人体の深いところにある筋肉を活用することで、思わぬ体の動きや相対する相手の反応を引き出すことができるという、古来武道や療術の世界で、秘伝奥伝として相伝されてきた技術を、科学的に解き明かすためのキーワードだと考えています。
私は怠け者で、面倒くさがり屋ですので、自分のペースでしか事を運びません。
皆さんはぜひご研究ください。
一石は投じました。